トラウマを抱えるパートナーと築く親密さ|安心の合図&合意形成のステップ
パートナーに「過去のトラウマ」があるとき、
どんなに大切に思っていても、どう接すればいいのか分からなくなる瞬間があります。
優しさが届かないように感じたり、距離を置かれて不安になったり──。
けれど、その背景には“拒絶”ではなく、“安心を確かめたい”という心の動きが隠れていることもあります。
この記事では、トラウマを抱えるパートナーとの関係で悩む方へ向けて、
「安心を育てるコミュニケーション」と「合意を築くステップ」 を具体的に解説します。
焦らず、無理せず、関係を壊さずに歩み寄るためのヒントを見つけてください。
読みどころポイント
- トラウマがある人が“親密さ”を避けてしまう心理とは?
- 「安心の合図」をつくるための言葉と態度のヒント
- 触れ合う前にできる“合意形成”の具体的ステップ
- 反応が出たときに「どう支えるか」「どう待つか」の考え方
- トラウマを超えて“安心できる関係”を育てる日常の習慣
心の痛みを無理に変えようとせず、
「安心を共有できる関係」に変えていくことが、何よりも大切です。
まず、トラウマが“親密さ”にどんな影響を及ぼすのかを、心理的な背景から見ていきましょう。
Post‑Traumatic Stress Disorder(PTSD)・トラウマと親密さの関係を知る

トラウマ経験が親密な関係にどう影響するか(回避・過敏・信頼の歪み)
トラウマを抱えるパートナーとの関係において、親密さがうまく育まれない背景にはいくつかの典型的な影響があります。
- 回避傾向:トラウマ経験者は「また傷つくかもしれない」という予期不安から、感情を閉ざしたり、触れ合いや会話を避ける傾向があります。
- 過敏/警戒状態:トラウマによる生理的な過剰覚醒(ハイパーヴィジランス)や過度な警戒状態が、相手の言動や触れ合いに敏感に反応してしまうことがあります。
- 信頼の歪み:過去の裏切り・トラウマ体験によって「安心できる関係を築く基盤」が揺らいでいると、親密な関係における「安全基地」という感覚が弱まりやすいです。
トラウマそれ自体が“親密さが育てられない原因”になるわけではありませんが、これらの影響が積み重なることで、関係性に「つながりにくさ」が生まれてしまうのです。
「安心感」が鍵となる心理的背景(安全基地としての関係)
親密な関係を築く上では、ただ「一緒にいる」だけではなく、“安心して心を開ける空間”があるということが非常に重要です。心理学的に言えば、パートナーが「安全基地(secure base)」となりうることで、互いに信頼を深め、距離を縮めることができます。
トラウマ経験者の場合、「安全ではない」と感じた瞬間に自動的に“防御モード”に入ってしまうことがあります。つまり、安心感が損なわれると、親密さにブレーキがかかります。
そのため、「触れ合いの頻度」よりも、「相手が安心できる合図/合意」があるかどうかが親密さを支える土台となります。
調査からみるトラウマが親密さに与える典型的パターン
実際の研究データでも、トラウマ経験と親密関係の質との関係が示されています。以下はその一部です。
- あるメタ分析では、PTSD症状が親密関係の機能(親密性、信頼、コミュニケーション)に中程度の負の関連を持つと報告されています。(引用:PTSD Veterans Affairs)
- 子ども時代のトラウマが、成人期の恋愛関係満足度を直接かつ間接的に低下させているという中国の大学生を対象とした研究もあります(β = −0.06, p < 0.05)(引用:Frontiers)
- パートナーが性的暴力の被害を経験していたコミュニティサンプルでは、心理的ストレスと“情緒的・性的な親密性の低さ”の双方向的関連が確認されています。(引用:Psychologica Belgica)
これらのデータからわかるのは、トラウマ経験がある方と関係を築く場合、
「何かが壊れている/愛情がない」という単純な結論ではなく、
“安心できる関係を再構築するための配慮・合意・合図”が重要になるということです。
安心の「合図」づくり:触れ合いとサインの注意点

トラウマを抱えるパートナーとの関係では、「優しさ」や「愛情」を伝えたいと思っても、
その方法を間違えると相手の不安を刺激してしまうことがあります。
一方で、相手が「安心できる合図」を知っている関係では、親密さを取り戻すスピードが大きく変わります。
ここでは、相手が「今は大丈夫」「まだ準備できていない」と伝えやすくするための合図づくりと、
お互いが安全に触れ合うための具体的なステップを紹介します。
「今大丈夫?」の言葉で始める安心サイン
トラウマを持つ人にとって、何より怖いのは“突然の接触”や“予想外の展開”です。
過去の記憶を呼び起こすような刺激は、たとえ意図がなくても「危険信号」として感じられてしまいます。
そこで有効なのが、「今大丈夫?」という短い確認の言葉です。
この一言には、次の3つの意味があります。
- 相手に主導権を渡す(=自分で選べる安心)
- 信頼を前提にしている(=拒否しても関係は壊れない)
- 無理をさせないというメッセージを伝える
例えば、ハグをしようとするときや、手をつなぐ前などに、
「今、大丈夫?」「近くに座ってもいい?」とやさしく声をかけてみましょう。
心理的安全性を高める研究(Edmondson, 1999)でも、
“確認の一言”は人が安心して関係を維持するうえで非常に重要であるとされています。
こうした声かけが習慣になると、相手は「この人なら安心して伝えられる」と感じやすくなり、
関係の“ベースライン(安心の基準)”が徐々に安定していきます。
触れ合いを始める前に合意をとるための軽い声かけ
トラウマ経験を持つ人との関係では、「合意(consent)」を言葉で確認することが信頼を深める行為です。
合意とは「許可を求めること」ではなく、「お互いが安心している状態を確かめること」。
触れ合いの前にできる軽い声かけとして、以下のようなフレーズが効果的です。
- 「手をつないでもいい?無理なら今日はやめよう」
- 「近くに行っても大丈夫?」
- 「しんどかったらすぐ言ってね」
これらは一見、遠慮深い言葉のようですが、実は“安心を確認する行為そのものが親密さを生む”のです。
トラウマ研究の第一人者ジュディス・ハーマン(Judith Herman, Trauma and Recovery, 1992)は、
「支配ではなく選択を与えることが回復の第一歩」と述べています。
また、“合意を毎回確認する”ことは、相手にとって「拒否しても大丈夫」という安心材料になります。
これが積み重なると、「相手は自分の境界を尊重してくれる人」と認識され、
信頼と安心の回復が進みやすくなります。
トラウマ反応が出たときの“合図”を共有する術(セーフワード・手のサイン)
どれだけ気をつけていても、過去の記憶や感覚が突然よみがえることがあります。
そのときにパートナー同士で「どうすれば安全に止まれるか」を事前に決めておくことが、
関係を壊さずに守るための大切な準備です。
最も簡単で効果的なのが、“セーフワード(safe word)”や“手のサイン”を決めておくことです。
セーフワード例
- 「ストップ」「今日はここまで」「一度休もう」など、自然に言える言葉
- 無理に特別な単語を使う必要はなく、普段の会話の延長線で伝えられるものが◎
手のサイン例
- 軽く手を握る/離す
- 相手の肩に触れて「一度止めたい」意思を伝える
これらを事前に共有しておくことで、相手が言葉にできないときにも「安心して止まれる」関係になります。
実際にトラウマサバイバー支援の臨床報告(Basson, The Journal of Sexual Medicine, 2012)では、
“セーフワード共有があるカップルは、再発的な恐怖反応が減り、自己効力感が高まる”と報告されています。
つまり、「やめてもいい」「話し合える」という合図そのものが、
“もう一度安心して触れ合える関係をつくる鍵”なのです。
合意形成のステップ:ペースを共に決める
トラウマ経験があるパートナーとの関係では、
「どう進めるか」よりも 「どんなペースで進めるか」 が重要です。
焦らず、相手の反応を確かめながら一緒にリズムをつくっていくことが、
信頼関係の再構築につながります。
合意形成とは、単なる「同意」ではなく、
お互いの安心を確認し合う“共同作業” です。
ここでは、そのための実践的な3つのステップを紹介します。
話せるタイミングを二人で決める(「今夜話そう」ではなく「落ち着いたときに」)
トラウマを抱える人にとって、“いつ話すか”はとても大切なポイントです。
突然の話題変更や、「今夜ちゃんと話そう」などの急な提案は、
相手に「準備ができていないのに向き合わなければ」というプレッシャーを与えることがあります。
大切なのは、「自分のタイミングで話せる」感覚を相手が持てるようにすること。
おすすめの声かけ例
- 「落ち着いたときに、少し話せたらうれしい」
- 「今じゃなくてもいいから、聞かせてほしいことがある」
- 「話したくないときは無理しないでね」
このように、相手の“安全な時間”を尊重する姿勢を示すことで、
「この人となら話しても大丈夫」と感じてもらえるようになります。
心理学の研究でも、「自己決定感(self-determination)」がある会話ほど、
ストレスを伴わずに感情を整理できると示されています(Deci & Ryan, 2000)。
つまり、“話す内容”よりも“話すタイミング”の共有が、
安心を育てる第一歩になるのです。
触れ合いや親密な時間の「やる/やらない」を二人で合意するチェックリスト
親密な時間を持つとき、トラウマを抱えるパートナーにとって
「何が安心で、何が怖いか」 を事前に言葉にしておくことが大切です。
ここでは、二人で確認できるチェックリストを活用してみましょう。
合意形成チェックリスト
| 確認項目 | YES / NO |
|---|---|
| 今はリラックスできる時間・場所である | |
| 無理に合わせようとしていない | |
| 相手の表情や呼吸を見ながら進めている | |
| 「やめたい」と言ったら止める合図が共有されている | |
| 触れ合い以外の親密さ(会話・散歩・ハグなど)も選択肢にある | |
| どちらかが疲れたら“やめる勇気”を持てる |
このリストを使うことで、
「触れ合う=親密である」「拒否=愛情がない」という二分法から離れ、
“お互いの心の安全を守る選択”として合意をとらえ直すことができます。
セクシュアル・トラウマ回復支援の研究(Harris et al., Journal of Sex Research, 2018)でも、
“合意の再確認(re-consent)”を取り入れた関係の方が、
関係満足度と安心感の両方が高いことが報告されています。
変化を感じたら再確認:どこが安心だったか/何が怖かったかを振り返る
合意形成は一度きりでは終わりません。
関係が変化すれば、安心できる範囲も変わっていくものです。
そのため、「次も同じようにできるか」よりも「今回はどうだったか」を共有する時間を持つことが大切です。
振り返りの会話例
- 「あのとき、どんな気持ちだった?」
- 「どこが安心できた?」「何か不安なことはあった?」
- 「次にするときは、どうしたらもっと安心できそう?」
これらのやり取りは、過去を責め合うものではなく、
「安心を学び合う対話」として行うのがポイントです。
また、相手の答えが「分からない」「覚えていない」場合も、
無理に掘り下げず、“話してくれたこと”自体を肯定的に受け止めることが大切です。
心理療法の分野では、こうしたやり取りを
“安全な再体験(safe re-experiencing)”と呼び、
信頼の再構築に大きな役割を果たすとされています(van der Kolk, The Body Keeps the Score, 2014)。
関係の中で“安心できるスモールステップ”をつくる

トラウマを抱えるパートナーとの関係では、
「大きな一歩」よりも、“小さな一歩を積み重ねること”が大切です。
安心を感じる体験が少しずつ増えることで、
身体的にも心理的にも「つながること」への恐怖がやわらいでいきます。
ここでは、親密さを回復していくために役立つ3つのスモールステップを紹介します。
身体的スキンシップ以外の“親密性”から始める(音楽・手をつなぐ・散歩)
トラウマ経験がある場合、「スキンシップ=恐怖」という結びつきが生じていることがあります。
そのため、無理に触れ合いを再開するよりも、
“身体接触以外での親密さ”から始めるのが安全で効果的です。
たとえば次のようなステップです。
- 一緒に好きな音楽を聴く(共有体験によるリラックス)
- 並んで散歩をする(距離を保ちながら安心を感じる)
- 手をつなぐだけで終わる(短時間で切り上げる)
心理学者ジョン・ボウルビィの愛着理論(Attachment Theory)によると、
「安全な近接行動(safe proximity behavior)」は、
“一緒にいながらも自由でいられる距離感”をつくることが、
信頼関係を回復させる第一歩になるとされています。
つまり、触れることが目的ではなく、
“同じ空間にいても安心できる”という体験を増やすことが、
回復のスモールステップとなります。
会話の中に「安心」になる言葉を入れる(「離れても待ってるね」「ゆっくりでいいよ」)
トラウマを抱える人は、無意識のうちに「置いていかれるかもしれない」「拒まれるかも」と感じやすくなります。
そのため、何気ない日常会話の中で “安心の言葉” を入れることがとても効果的です。
安心を与える言葉の例
- 「ゆっくりでいいよ」
- 「無理に答えなくて大丈夫」
- 「離れてもちゃんと待ってるね」
- 「今日はここまでにしようか」
これらの言葉は、“相手のペースを尊重している”というメッセージになります。
実際、臨床心理学の研究(Freyd, 1996, Betrayal Trauma Theory)では、
「自分の感情や反応を尊重してもらえる環境」が、
トラウマ回復を促す重要な要因であることが示されています。
つまり、“寄り添う言葉”を日常の中に少しずつ増やすことで、
相手は「この人と一緒なら安全だ」と体で覚えていくのです。
トラウマを持つパートナーが安心しやすい環境づくり(照明・音・動線)
安心感は、言葉や触れ合いだけでなく、環境からも生まれます。
トラウマを抱える人は感覚が敏感になっていることが多く、
光・音・距離などのちょっとした要素が、心理的な安全を大きく左右します。
安心できる環境づくりのヒント
- 照明:蛍光灯の強い白光ではなく、暖かみのある間接照明にする
- 音:テレビやスマホの通知音を減らし、静かなBGMを流す
- 動線:部屋の出口が見える位置に座る(閉じ込め感をなくす)
- 香り:強い香水ではなく、ラベンダーなど自然系の香りを使う
こうした環境調整は、
“身体がリラックスできる空間=心も開きやすい空間”をつくることにつながります。
神経科学の研究(Porges, Polyvagal Theory, 2011)によると、
人は安全を感じるとき、副交感神経(特に迷走神経)が優位になり、
心拍数や筋緊張が下がり、「安心とつながり」の感覚が高まるとされています。
つまり、環境を整えることは、
言葉をかける前の“無言のセラピー”なのです。
よくある壁とその対処法
トラウマを抱えるパートナーとの関係は、
一度安心の形が見え始めても、波のように揺れ戻ることがあります。
「うまくいっていたのに、突然距離を取られた」
「自分ばかりが気をつかっている気がする」
――そんな瞬間にどう対応するかが、関係を長く続ける鍵になります。
ここでは、多くのカップルが直面しやすい3つの壁と、
それを“壊さずに乗り越えるための方法”を紹介します。
突然反応が戻る/離れる:そのときどう待つ?
トラウマを持つ人の反応は、「昨日は平気だったのに、今日は急に無理」というように、
予測できない波があるのが特徴です。
これは“気持ちが変わった”のではなく、
身体の防衛反応(フラッシュバックや過覚醒)が再び働いている状態です。
そのため、感情的に反応するよりも、
「今は相手の神経が安全を探している時間」と理解することが大切です。
対応のポイント
- 無理に話しかけず、「いつでも話せるよ」とだけ伝える
- 相手の空間を尊重しつつ、そっと見守る
- 連絡がこない・返事が遅いときに“自分の不安”を膨らませない
心理学的には、こうした“待つ姿勢”は共調的安定(co-regulation)と呼ばれ、
相手の神経システムに「安心の信号」を送る働きをします(Porges, Polyvagal Theory, 2011)。
つまり、離れる時間があるほど、
「それでも見捨てない」安心感が育つのです。
片方だけが主体になってしまうときのすり合わせ方法
関係の回復過程では、どうしても「支える側」が主体になりがちです。
しかし、“片方だけの努力”では安心は持続しません。
一方が気を配りすぎると、
- 「私ばかり頑張っている」
- 「相手は何も返してくれない」
という疲弊感が積み重なります。
そんなときは、“役割を固定しない会話”を心がけてみましょう。
対話のすり合わせ例
- 「私が助けようとするとき、どんなふうに感じる?」
- 「どんなサポートがいちばん気楽?」
- 「あなたが支える側にまわりたいときはある?」
これらの質問は、相手に“選ぶ自由”を与えるものであり、
心理的バランスを取り戻すきっかけになります。
また、カップルセラピーの研究(Johnson, Emotionally Focused Therapy, 2019)によると、
「支える⇔支えられる」の流動性が高い関係ほど、長期的な安定度が高いとされています。
お互いが一方通行ではなく、
“今どちらが前に出るか”を自然に交換できる関係を目指しましょう。
過去の出来事が影響して“今”の関係に影を落とすとき、使えるリセット方法
トラウマは「過去の出来事」ですが、
その記憶は“今”の身体反応や感情としてよみがえることがあります。
相手の反応が“過去に基づくもの”と気づけず、
「なぜ今こんなことで怒るの?」「また拒まれた」と感じてしまうこともあるでしょう。
そんなときに有効なのが、“今ここ(here and now)”を確認するリセット会話です。
リセットに使えるフレーズ例
- 「今は安全だよ、過去のことはここにはない」
- 「あのときのことを思い出したのかもしれないね」
- 「一度深呼吸して、今の部屋を一緒に見渡してみよう」
これらの言葉は、相手の神経系に「ここは安全」という情報を与え、
心拍・筋緊張・呼吸を落ち着ける効果があります。
さらに、「今一緒にいる現実」を共有することで、
二人の間に“過去とは別の安心の記憶”を新しく上書きしていくことができます。
心理療法の分野では、これを“修正的情動体験(corrective emotional experience)”と呼び、
トラウマ治療やカップル支援の根幹として位置づけられています(Alexander & French, 1946)。
継続して“安心できる親密さ”を育てるための習慣
トラウマ経験を持つパートナーとの関係において、
「一度安心できた=ずっと大丈夫」ではありません。
心の安全は“日々の小さな積み重ね”によって保たれ、育っていくものです。
ここでは、関係を長く穏やかに続けるために意識したい、
“安心を更新し続けるための3つの習慣”を紹介します。
月に1回、時間をとって「安心サイン」を振り返る
信頼関係は、“何をしたか”よりも“どう感じたか”の共有で強まります。
月に1回ほど、意識的に時間をとって「最近、安心できた瞬間」を振り返ってみましょう。
振り返りの質問例
- 「どんなときに“安心できた”って感じた?」
- 「あのときの言葉や雰囲気、覚えてる?」
- 「何か、もう少しこうだったら良かったと思うことはある?」
こうした対話を通して、
“その人にとっての安心の形”をお互いが知ることができます。
たとえば、
「背中をさすってくれたときに落ち着けた」
「無理に話さなくていいよと言われたのがうれしかった」
など、相手が“何で安心したのか”を知ることで、次の関わりに生かせるのです。
臨床心理学の研究(Johnson, Emotionally Focused Couple Therapy, 2019)でも、
定期的な感情共有が“関係満足度と回復力”を高めると示されています。
月に1度の“安心の棚卸し”は、関係を長持ちさせる最良のメンテナンスです。
見えない変化も言葉にする習慣(「安心できた」「怖かったけど話せた」)
トラウマを抱える人の中には、
「安心できた」と感じても、それを口に出すことに抵抗を覚える人がいます。
そのため、“よくなっているサイン”を見逃さない工夫が必要です。
声かけ例
- 「前より自然に話せてたね」
- 「昨日より少し笑顔が増えてた気がする」
- 「怖かったけど、話してくれてありがとう」
こうした小さなフィードバックが、“変化を肯定する言葉”になります。
また、トラウマ治療の分野(Herman, Trauma and Recovery, 1992)では、
「安心できた」「怖かったけど話せた」という言葉を自覚的に使うことが、
自己効力感(self-efficacy)を高め、再発防止につながるとされています。
つまり、安心とは“状態”ではなく“動的なプロセス”。
少しずつ変わる自分と相手を言葉で確かめていくことが、
長く続く親密さの礎になります。
比較・理想・他者視点を手放すためのセルフチェックリスト
「他の夫婦はもっと仲が良さそう」
「昔の自分たちの方がよかった」
――そんな比較が心に浮かぶとき、
“他人の基準”が自分たちの関係に入り込んでいるサインです。
関係を育てるためには、
「今の二人」に焦点を戻すことが何より大切です。
セルフチェックリスト
以下の質問を月に1度、静かな時間に考えてみましょう。
| チェック項目 | Yes / No |
|---|---|
| 相手を“変えよう”としていないか? | |
| 「他の人はこうしている」と比べていないか? | |
| 自分の“理想像”に無理をしていないか? | |
| 相手の反応を“失敗”として扱っていないか? | |
| 「今の自分たち」を肯定する時間をとれているか? |
このチェックを繰り返すことで、
“過去”や“他人”ではなく“今の関係”に意識を戻す習慣がつきます。
臨床心理学の調査(Neff, Self-Compassion, 2003)でも、
自己への思いやり(セルフ・コンパッション)を持つ人ほど、
他者との関係において批判的になりにくく、信頼を維持しやすいことが示されています。
まとめとこれからのふたりへ
トラウマを抱えるパートナーとの関係は、
一見すると「繊細で難しい」と感じられるかもしれません。
けれど、“慎重さ”の裏には深い思いやりと信頼を築く力が潜んでいます。
これまで紹介したステップは、どれも「特別な人だけができること」ではなく、
今すぐできる“小さな行動”の積み重ねです。
最後に、これからの関係を穏やかに育てるための3つの視点をまとめます。
振り返り:安心と合意で築く親密さの3つのキーワード
このテーマを通じて何より大切なのは、
「安心」「合意」「柔らかさ」という3つのキーワードです。
- 安心(Safety)
相手が「怖くない」と感じられる環境や声かけが、関係の土台になります。
光・音・距離・言葉──どんな要素も“安心”を中心に考えることが基本です。 - 合意(Consent)
トラウマを持つパートナーとの関係では、“同意の取り方”そのものが信頼の行為です。
触れる前、話す前に「今、話してもいい?」「大丈夫?」と確認するだけで、
“コントロールされていない”という安心感を相手に与えます。 - 柔らかさ(Flexibility)
うまくいかない日があっても、「また明日やり直せる」と思える柔らかさ。
予定を守るよりも、互いのリズムに合わせる余白が、長く続く関係をつくります。
これらの3つは、どんな年齢・関係性にも通じる“普遍的な親密さの形”です。
トラウマの有無を問わず“今”安心を選ぶ心構え
トラウマ経験の有無に関係なく、
人は誰でも「拒まれるかもしれない」「理解されないかも」という不安を持っています。
その不安に押されて、つい距離を取ったり、
「相手の気持ちがわからない」と感じてしまうこともあるでしょう。
しかし、関係を守る第一歩は、
“不安をなくす”ことではなく、“不安があっても関わり続ける”こと。
心理学者Brené Brownの研究(The Power of Vulnerability, 2012)によると、
「自分をさらけ出す勇気(vulnerability)」が信頼と愛情の源になるといいます。
つまり、「怖いけれど、話してみよう」「少しだけ触れてみよう」という一歩が、
相手にとっての“安全な関係の証明”になるのです。
小さな一歩から始める未来:トラウマ経験があっても、豊かな親密さは可能
トラウマを持つパートナーとの関係において大切なのは、
「治す」ではなく「育てる」という視点です。
過去の痛みを消すことはできなくても、
その上に“新しい安心の記憶”を重ねることはできます。
今日できるのは、次のようなほんの小さなことです。
- 「おはよう」とやさしく声をかける
- 手をつなぐ時間を30秒だけつくる
- 「昨日よりも落ち着けたね」と伝える
そうした瞬間の積み重ねが、
「トラウマがあっても、愛される」「一緒にいても大丈夫」という
新しい実感へとつながっていきます。
そしてその“新しい実感”こそが、
二人の未来を静かに、確実に支えていく力になるのです。
――トラウマがあっても、人は愛を築ける。
それは特別な奇跡ではなく、日々の“安心と対話”の延長線上にあります。
焦らず、比べず、今日の一歩を大切にしながら、
ふたりにとっての「やさしい親密さ」を少しずつ育てていきましょう。


